金曜日, 9月 29, 2006

青森駅前アウガ地下の新鮮市場


 先日3日間ほど青森へ行っていました。ここ数年青森へ行く機会が多いのですが、その青森で必ず立ち寄るところがあります。青森駅前のアウガ地下にある新鮮市場(朝市)
です。青森駅前にはいくつかの市場があるのですが、その大きさ、新鮮さ、活気さで間違いなくここが一番で、青森市民の台所として賑わうばかりでなく観光名所にもなっています。

 この市場は青森駅前にあったバラックづくりの駅前朝市が移ったものだそうで、現在は約87店が朝5時から旬の生鮮魚、海産物、生肉、青果などを販売しています。市場には定食や麺類などが食べられる食堂やレストランもあり、ここで朝食や昼食をとるのもいい。

 飲兵衛の私はいつもここで市場をひと巡りしてから、お目当てのものを行きつけの居酒屋、鮨屋、自宅などへ宅配便で送っています。今回はホタテ、ウニ、しじみ、すじこなどをケース一杯に入れてそれぞれの場所に送りました。

 もし青森へ行くことがある方は是非ともここに立ち寄って、美味しい食材を手にいれてみてはいかがでしょうか。ちなみに、私のおすすめの店はめちゃくちゃ美味しいすじこと明太子専門店の内山商店と、ウニなど品数が豊富でお姉さんたちが綺麗な野呂商店です。

水曜日, 9月 27, 2006

アスレチックス優勝!


 オークランド・アスレチックス(A's)が2003年以来のアメリカン・リーグ西地区の優勝をさきほど決めた。「マネーボール」で有名になったA'sだが、今年はその題材であるビリー・ビーンGMが獲得した元シカゴ・ホワイトソックスのフランク・トーマスの活躍なくしては、ありえない優勝だった。

 A'sはお金がない貧乏球団なので、スーパースターのトーマスと50万ドル+出来高払いという破格の値段で契約したときは本当に驚いた。そして、それ以上に驚いたのは彼の活躍だ。本日の時点で彼の成績は打率269、本塁打38、打点108で打率以外はチーム2冠だ。また「マネーボール」で重要な出塁率でも380でチープトップだ。

 トーマスがここまで活躍すると予想した人はいただろうか。私もミニコラムでも書いたが疑問を抱いていた。主砲のチャベスが一年を通して不調、生え抜きのスゥイッシャーは一発多いが三振も多く粗過ぎるといった中で、トーマスは途中しばらくケガででれなかったものの、コンスタントに活躍した。

 さあ、この勢いでプレイオフで中地区のデトロイト・タイガースもしくはミネソタ・インズを打破して、リーグチャンピオンシリーズに進んでもらいたい。頼むぞ、トーマス!

金曜日, 9月 22, 2006

青山墓地の桜の木


 お彼岸ということで、青山墓地(正式には青山霊園)に墓参りをしてきました。いつもはやぶ蚊に悩まされるのですが、昨日は強い日差しが墓地を照らし、アゲハチョウやクマンバチ(スズメバチ)が飛んでいました。

 青山墓地に墓参りというと、よく「すごい〜」とかいわれる。今から何年か前に青山墓地の抽選会が開かれて、一坪900万円の永代使用料のお墓が数十倍の倍率にのぼり、人によっては「一億出してもいいから買いたい」とまで言わしめて話題にはなった青山墓地だからかもしれない。しかし、東京生まれの東京育ちの私にとっては、「すごい〜」といわれても「別に〜」と首を傾げるしかない。昭和初期に亡くなった祖父が自分自身および一族のために買ったものだから、祖父に先見の明があっただけなので、末裔の私はなにも「すごく」はないのです。ただ祖父に感謝するしかないのです。

 その青山墓地はもちろん東京の桜の名所としても有名だ。その昔、私もここに墓参りと桜見物を兼ねてデートをしたことがある。ただ、その桜の木がかなり老朽化しているようでならない。根元が大きく空洞化したり、すでに傾斜化している木も見られた。

 ソメイヨシノは一般に樹齢約20〜30年が最盛期とされ、約50〜60年で衰退期を迎えるそうです。約700本あるという青山墓地の桜がいつ植えられたものなのかは知らないが、少なくとも60年以上は経っていると思われます。つまり、青山墓地の桜はすでに衰退期をすぎ老齢期を迎えている。青山墓地を管理する東京都はもちろん対策を練っていると思うが、早く再生もしく植え替えを行うが必要があるのではないだろうか。

水曜日, 9月 20, 2006

タイの不安は政権だけではない


 タイで15年ぶりにクーデターが起きた。以前はよくクーデターが起きたお国柄だが、タイの不安は政権だけではありません。観光以外でタイを訪れた人ならば分かると思いますが、タイ国民の王室への崇拝と尊厳の念は日本の皇室の比ではありません。1946年に即位した現在のラーマ9世プーミポン国王は、歴代国王のなかでももっとも国民に信頼されている国王といっても過言ではないくらいの絶大な人気と支持があります。

 ただ、今年在位60周年を迎えた国王も来年には80歳となり、タイの巷では次期国王に関することが日本の皇室以上に話題になっています。というのも、次期国王はシリキット王妃の寵愛を受けているワチャラコーン皇太子が次ぐことは間違いないのですが、国民の間では人気もあり海外でも評価の高いシリンドン王女を推す声が絶えない。というのも、皇太子の言動が国民には不安でならないからです。そのことを詳しく書くと「王室不敬罪」(タイでは存在する)になりかねないので、ここまでにしておきます。

 タイは微笑みの国として、多くの観光客が訪れる素晴らしい国です。国民の教育レベルは東南アジアで最も高く、21世紀に入ってからは経済成長も著しく高度成長を遂げています。しかし、そんなタイも政権だけは今回のクーデターにも見られるように安定はしていない。そして、それ以外の不安が国民の間にあるということも知っておいていただきたい。

月曜日, 9月 18, 2006

碑文谷八幡宮・秋季例大祭


10数年ぶりに碑文谷八幡宮の秋祭り「秋季例大祭」に行ってきました。子供の頃は毎年楽しみにしていましたが、さすがにこの歳になると昔のようなワクワク感はありません(笑)。私が子供の頃は曜日に関係なく9月14日と15日に行われていましたが、祝日の移動(ハッピーマンデー制度というそうだ)によって、現在は9月15日前後の土日に催されるようになった。ただし、昔から変わらないのは、このお祭りは必ずといっていいほど雨に祟られます。今年も16日の土曜は青空もありましたが、日曜は神輿が宮入りするころから雨が降ってきました。

この碑文谷八幡宮・秋季例大祭はおそらく目黒区内のお祭りでは一番大きいでしょう。氏子が住む地域は碑文谷・鷹番・中央町、目黒本町、洗足、原町、南といった町会にわたり、この地域内には目黒六中、七中、八中、九中と4つの中学校があります。やんちゃな中学生にとってはなぜか対抗意識(縄張り争い?)のあるお祭りで、昔は小競り合いやケンカがよくあったのです。そのために境内には教師、PTA関係者などがかなり巡回するようなったとか(笑)。


それにしても、お祭りが以前より盛大になっているには正直ビックリ。写真にあるように祭殿にお参りするまで行列ができ、お参りするのに15分以上も待たされてしまった。また、露店の数も増えたような気がしてならない。昔ながらの金魚すくい、ヨーヨー、射的、ラッキーボール、お面売りなどもあり懐かしく感じたが、焼きそば、たこ焼き、いか焼き、チヂミなどといった食べ物とビール売りが多いのにも驚かされた。露店が子供向けより大人向けの比率が増えたのは、少子化の時代だから仕方がないのだろうか・・・。

碑文谷周辺に住んでいて、一度もこのお祭りに行ったことがない人は、ぜひとも来年は行ってみてください。そして、以前住んでいた人も子供のころの自分を再発見するために、再度訪れてみてはいかがでしょうか。

金曜日, 9月 15, 2006

東京オリンピック開催に反対


先月30日に東京が福岡を下して、2016年のオリンピック国内候補地に決定した。私はこのオリンピック招致に反対です。2016年のオリンピックが東京で開催される可能性は、世界の立候補地をみればまずありえないのですが、東京の狙いはその次の2020年でしょう。しかし、それでも私は反対です。なぜかといえば、1964年のトラウマがあるからでしょう。

1964年。日本は高度成長期の真っ只中にあり、東京オリンピックは華やかに開催され、そして、さしたる問題もなく盛況のうちに終了した。しかし、この東京オリンピック開催のために東京は大きく変わった。その変貌ぶりを目の当たりにしているので、どうしてもオリンピックを再度東京で開催することに賛成できません。

東京オリンピックのために東海道新幹線ができ、高速道路もできインフラが整備されるようになった。加えて、国立競技場、代々木体育館、駒沢競技場といったスポーツ施設も充実していった。しかし、である。

私の住んでいる碑文谷周辺はオリンピックのために激変した。目黒通りが等々力方面まで延長され、そして環状七号線が多くの家の立ち退きをしいながら完成した。そして、下水にはフタがされ、碑文谷公園が源流の立会川までもがフタをされてしまった。多くの家の木塀がブロック塀に変わり、街から土と水と緑の匂いが消えていった。

東京が木と緑の町からコンクリートとアスファルトの町になった東京オリンピック。今さらここまで凄い変貌はとげないだろうが、それでも、私はオリンピック開催には反対です。

木曜日, 9月 14, 2006

二つのさんま祭りがあるとは


 目黒に住んで50余年。目黒にさんま祭りが二つあるとは知りませんでした。まあ、言い訳になりますが、私が住んでいる碑文谷は目黒区の南半分にあたる旧碑衾村にあり、旧目黒村の行事についてはよく知らないのです(笑)。と言いいつも、25年以上も旧目黒村近くの目黒駅(品川区にある)を利用していたのだから、我ながらこの無知さに気恥ずかしい。
※目黒区は目黒村と碑衾村が1932年〔昭和7年)に合併、東京市に編入した。
 
 さて、さんま祭りですが、ひとつは目黒駅前商店街振興組合が主催で、岩手県宮古産のさんま徳島産すだち付の「目黒のさんま祭り」、もうひとつは目黒区民まつり実行委員会が主催で宮城県気仙沼産のさんま大分県産カボス付の「目黒のさんま祭」だ。共に1994年からスタートしていて今年で11年目になる。

 前者は目黒駅東口の商店街で行われ、当日は目黒駅周辺がさんまの匂いで充満します。一方、後者は田道広場公園で行われ、目黒川沿いの区民センター一帯が煙で充満するという。つまり、前者はある種の商店街の宣伝・観光アピールの催しであり、後者は区民祭りの一環として地域親睦を目的に行われているようだ。共にさんまを焼いて振る舞うだけでなく、全国各地の名産を試食・販売しているようだから、物産展の意味あいも含まれている。

 前者の「目黒のさんま祭り」は先日9月10日にすでに開催され、後者の「目黒のさんま祭」は今度の日曜日9月17日に開かれる。ただ、さんまが振る舞われるのは午前中なので飲兵衛の私にはどうやら縁がない。この17日には地元の碑文谷八幡のお祭りが開かれます。こちらも盛大なお祭りで、久しぶりに足を運ぼうかと思っています。

水曜日, 9月 13, 2006

ゴジラ松井・リターンズ


 ヤンキース松井秀喜が復帰戦でいきなり4打数4安打と大当たり。すべて単打でクリーンヒットばかりとはいえないが、ちゃんと振り切っているから安打になった。

 初回に松井が打席に入るときに、観客がスタンデディング・オベーションで出迎えることは予想されたことだったが、4本目のヒットを打ったあとに、観客がスタンディング・オベーションすることを予想した人は誰もいなかっただろう。観客はこのときにゴジラ松井の復活を素直に喜んだに違いない。そして、松井自身もヤンキースに戻ってきたことを強く実感したに違いない。

 松井に関してはオークランド・アスレチックス ファンページのミニコラムのなかで「ヤンキース・スタジアムでの松井の評価」などというコラムを書いていますので、そちらも読んでください。掲載した写真は2005年5月のヤンキース・スタジアムで撮ったもので、打席にいるのは松井です。

火曜日, 9月 12, 2006

次のお札は誰だろう?


 みなさんご存知のように、現在のお札は1000円札が野口英世、5000円札が樋口一葉、10000円札が福沢諭吉です。いずれもが2004年に発行されたものです。それ以前の夏目漱石、新渡戸稲造、福沢諭吉の旧札が発行されたのは1984年だったので、次の新札が発行されるのは2020年以降になりそうです。

 しかし、ちょっぴりセッカチな私としては、次のお札は誰かを予想してしまいました。次の新札発行では必ず昭和期に活躍した人が肖像画として載ると思われます。で、その本命は湯川秀樹、対抗は吉田茂、大穴は双葉山と予想します。

 いつ発行されるかもしれない新札ですが、あなたなら誰の肖像画のお札が見たいですか。私は夏目雅子のお札が欲しいです。